SHOSENJI(浄土真宗本願寺派 光寿山 正宣寺)

親鸞聖人と降誕会

 親鸞聖人は、承安3年(1173)の5月21日にお生まれになりました。西本願寺では明治7年(1875)より、この日を「降誕会(ごうたんえ)」と名づけ、親鸞聖人のご誕生を祝って、多くの行事が催されています。

 お生まれになったのは、JR京都駅の東南約10キロメートルにある、現在の京都市伏見区日野西大道町にある法界寺(ほうかいじ)の近辺であると伝えられています。父は藤原家の流れをくむ日野有範(ひのありのり)さまとのことであり、藤原一門と言っても「正五位下(しょうごいのげ)」という下級貴族であったようです。

 聖人は90年の生涯を通して、たくさんの教えと著作を残されながら、ご自身の出世、生涯についてほとんど語られていません。聖人のご幼少の頃のことは、伝説にはいろいろとありますが、9歳の春に出家得度されたことのほかは、ほとんどわかっておりません。

 仏教で一般に行事といえば、人が亡くなってからの年忌法要(ねんきほうよう)等が多い中でお釈迦さまのお誕生日を祝う「花まつり」と並んで、聖人の「降誕会」が毎年行われていることは、私達にとって特別に意義の深いことであります。

 その降誕会の多くの行事の1つに、金閣、銀閣と共に京都の三閣といわれる、西本願寺境内の飛雲閣(ひうんかく)(国宝)で行われる抹茶の接待があります。この接待は西本願寺第14代寂如(じゃくにょ)上人より後の、代々のご門主の茶道の師家(しげ)である、「茶道薮内流家元(さどうやぶのうちりゅういえもと)」によって行われます。私も学生時代に、このお家元に出入りをさせて戴いておりましたので、よくお家元のお供をしてお手伝いをさせて戴きました。降誕会が近づくとそのなつかしい記憶が、つい先日のことのように思い出されるのであります。

 また、当日は重要文化財の能舞台でお能が演じられ、豊臣秀吉の伏見城から移築したとも伝えられている国宝の「(こう)の間」に座り、戦国時代の秀吉になった気分で、お能を間近に観るのも降誕会の楽しみの1つであります。

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